ちいさな違和感のはじまり

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我が子に対して違和感を持ち始めたのは、最初はとっても小さな感情のはじまりでした。生まれた瞬間の喜びとか、小さな赤ちゃんとスタートした新しい生活とか、もう幸せに満ちていて、まさかこの後に自分が育児ノイローゼになるなんて思いもしませんでした。夫は育児に協力的だし、従姉妹が多かったので赤ちゃんの物理的なお世話は特に困ることはありませんでした。でも、芽生えてしまった小さな黒い影。

 

夫に抱っこされてゆらゆらしながら寝ている息子に、「いいなぁ」と思ったんです。「え?それだけ?」って感じですよね。そう、だから最初は私も、ただの幸せな感情の一部だと思っていたんです。それが、少しずつ、不眠不休の育児疲れとともに少しずつ、ネガティブに変化していきます。

 

いいなぁ。

パパ(夫)に抱っこされて気持ちよさそうだなぁ。

私もあんな風に抱っこでゆらゆらされてみたーい。

実父と暮らしていたころに私も抱っこされたのかな?

……たぶん、ないな。

息子には夫みたいなパパがいていいなぁ。

ちゃんとパパもママもいていいなぁ。

私もこんな家庭に育っていたら違ったのかな。

うらやましいなぁ。

息子は何にもしてないのに愛されていいなぁ。

泣いてるだけで何でもしてもらえていなぁ。

ずるい。君だけずるい。

 

こんな風に言葉ではっきりと自覚していたわけではありませんし、何カ月もかけてゆっくりゆっくり進行したものだと思います。子供を愛すれば愛するほど、私からの愛情を簡単に得られる息子が羨ましくなってしまう、と言う悪循環。証明できないことなので単なる憶測ですが、私本人も気がつかないストレスを彼も浴びながら生まれてきたのではないかと思うくらい、彼は生まれつきとても敏感な子供でした。勘がすごくいい。

 

生まれてすぐのアトピーに食物アレルギー、生後半年から3歳すぎまで泣き叫ぶ夜泣きがありました。これも、きっと私のせいなのだろうと思ったり関係ないと思ったり、ただこれも死ぬほど悩みましたのでもう考えません。考えたところで取り返しがつかないからです。だったら、明日どうやって明るく過ごすかの方が断然重要です。アトピーに関しては、偏見を生むこともあるので、あまり触れずにおきます。これで治る、とか、治らない、とか、その家族にとっては生活のほとんどを支配されるくらいの大きな問題なので、治療中の方の足を引っ張ることがないよう配慮したいと思います。

 

が、この彼のアトピー治療に対しての方針の違いから、実の母と決別することになります。これも偶然か必然か。アトピー治療は、もう本当にいろいろありまして、病院だって先生によって言うことが違うし、出てくる薬も違う。民間のものは効くものもあるけど一瞬だったり、全く効かない詐欺まがいのものもいっぱいあります。治り方もそれぞれなので、ネットの情報だって息子にとって有効かどうかわからない。でもとにかく何でも試しました。それでも、全く良くなりませんでした。

 

彼が2歳になることには、前述したように私の育児が精神的に行き詰っていたので、働きに出ることにしました。保育園は、私と彼にとって天国のような場所でした。保育園はかわいそうと言う意見もよく聞きますが、全ての母親が上手に子供を育てられるわけではありません。産んだ責任?だから、その責任を取るために、家族にとって良い道を探すんでしょうよ、と思っています。結果として、私たちにとっては救いの場になりました。

 

私は、親子関係とはこういうものだ、赤ちゃんとはこういう生き物だ、母親とはこういう行動をするべきだ、と強い偏見やイメージを持ちすぎて、私がどんな母親なのかは混乱中だし、そしていちばん恥ずべきだったのは、息子がどんな人間なのか考えなかったことです。いや、考えていたつもりだったんですけどね、どうしても「自分の息子はこんな感じ」って言うものに当てはめようとしていた気がするんです。でも、我の強い彼は、全く違う行動をするんです。

 

スーパーで「買って買って」と寝転んで暴れる子、いますよね。あれです。うちはわりと躾には厳しい方だと思うんですが、自分の子が、あれをやるんです。「お前みたいな母親に育てられたからそうなったんだよ」と思う人もいるかも知れない。でもね、親への反感を内側に仕舞うタイプだった自分には全く信じられない行動なわけです。いま振り返ると、やっぱり彼の個性だなと思いますが、これも検証できる問題じゃないので深くは考えません。

 

で、とにかく自立心が強い彼にとって、刺激のない母親との生活は退屈だったみたいなのです。でもこちらは赤ちゃんには優しく優しくと思っているから、お互いにうまくいかない。保育園に入った彼は、育児のプロや同年代のお友達とともに『知る喜び』みたいなものをぐんぐん吸収していきました。もちろん朝に離れるときは号泣だったし、いきなり育てやすい子供になるわけじゃありませんが、それぞれが別々の時間を過ごして夕方に合流するスタイルは、私たちにとってしっくりきました。

 

世の中の偏見を鼻で笑いながら、自分がいちばん振り回されてしまっていた気がします。3歳までは家庭保育で母親が育てるのがベスト?なんで私たちのベストを他人が決めるの?息子は、優しいベビーカーよりスピードを出した自転車が好きな子なのです。児童館でお友達と体操するより、全てのドアを開けてまわりたいのです。すてきなカフェなんかつまらない、いつまでもどんくりを拾いたい、高いところに上って見えない景色が観たい、それが彼なんだ。とっても子供らしくて自分に正直で私にないものいっぱい持ってるじゃん。

 

そんな風に思えるようになったのもつい最近ですが、彼の失敗を笑ってあげられたり、先生方や周りのお友達やそのお母さんたちに受け入れてもらったり、たった一人で育児をしているような絶望的な気分だったころに比べて、他人様に頼れるようになったことは大前進だなと思います。全部自分でやらなきゃと言う高い母親像のハードルを下げたことで、結果的に母親としてのスキルを上げられた気がしています。

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