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SOSを誰に聞いてもらうか

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病院の心療内科か民間のカウンセリングか。決意と言うほどではないけど、ちょっと興味を持って探そうと思いました。子供のころから大人の世界を観察して育ってきたので、その相手がどんな人間で立ち位置で何のために自分と接するのか把握しようとする癖があります。仕事や日常の集団生活に置いては、それがどんな人かを掴むことでコミュニケーションのプラスになるように生かしてきました。実際は、自分が傷つかないために、ですね。

 

なので、カウンセリングを受けても、素直にその人の言うことを信じたり従ったりできないだろうな、そして、一度失敗したらなかなか「次!」とはいかないだろうな、と思いました。知っている人には話せることではないし、話しても『聞いてもらうだけ』で解決に向かうわけではない。かと言って、子育てが辛い、と言う程度で病院に行くと言うのもハードルが高く感じました。

 

ボランティアや、保健所などへの無料相談は最初からあまり考えませんでした。先にも書いた通り、その人がなんのためにその行動をしているのか、を考えると、『お金』で等価交換できる方が私には信用できると思いました。今までも、息子の健診などで関わる保育士さんや相談員さんには、責められたり、追い詰められたり、「はいはーい。では次の人~」と言う対応をされることが多かったです。

 

でもそれは相手の立場を考えると当たり前です。『その時間をそこで過ごすこと』『子供には虐待しないでねと注意すること』が重要で、『私一人に時間を割いて、親身になって、私の問題の解決に向かって一緒に長期間努力すること』は重要ではないからです。もちろんそうでない方はいっぱいいると思います。でも、それよりも、私に気に入られた方が仕事として(お金として)プラスになる人の方が、疑い深い私には信用できると思いました。なので、ある程度お金を払う分、無駄な買い物にはしないと決めていました。

 

そんなとき、『解決!ナイナイアンサー』と言うTV番組(各テーマに沿って集められた悩める芸能人の方々へいろんな立場の相談員が答えると言う内容)に、ご出演されていた心屋仁之助さん、おもに個人のクライアントを対象として『性格を変える』『自分を好きになる』サポートを行う性格リフォーム心理カウンセラーさんを知りました。今までの人生では、あまり相談番組と言うジャンルを観ることはなかったので、当時やっぱり心境の変化もあったと思います。

 

私はいままで、カウンセラーと言っても個人個人で見解が違うもの、どんな解決策を提示するかなんてその人次第と思っていましたが、心屋さんは少し手法が違いました。その人がどんなことに深慮しているかを観察し、ある言葉を声に出して言わせてみるのです。私が言えなかった言葉は、「お母さんが不幸になってもいい」と言う言葉でした。本心でなくていいんです、ただ、意味を考えずに「お母さんが不幸になってもいい」を発声すればいいだけ。でも、これが面白いくらいに言えなかった。

 

番組内では、お母様をとても愛していた森口博子さんへのカウンセリングだったようなので、ちょっと意味は違うかも知れませんけどね、とにかく言えなかった!いまは言えます。余裕で言えます。ぜんっぜん罪悪感もありません。でもその「お母さんが不幸になってもいい」をタブーとして30年以上『娘』をやってきたんだもん、そりゃどっか壊れるよなーと思います。

 

これは、提示した相手が誰であろうと、私の真実だなぁと思いました。そこで、ぜひ診てもらいたいと思ったのですがすでに有名な方なので諦め、お弟子さんのような方々も検討したのですが、ネットの情報だけで「この人になら託せる!」と言う方を見つけるのが難しく、ときどき心屋さんのブログなどを自己分析に役立たせていただくに留まりました。心屋さんに関しては、ブログや、執筆された書籍などもたくさんあるようなので、詳しくはそちらをどうぞ。

 

心屋仁之助オフィシャルブログ『心が風に、なる』

 

次に、民間のカウンセラーさんから病院探しにシフトしたのですが、こちらも同じで、どこに行ったらいいかわかりません。しかも、当時の悩みは「母親を許せない。子供に苛々する。コントロールができなくなりそう。虐待してしまうかも」と言う曖昧なものです。眠れないとかお酒が止められないとかパニックになるとか、受診するための明確な症状がありません。こちらは『話を聞くお仕事』ではありませんから、薬が必要とか治療を続けなくてはいけないとか、そう言う理由が必要なのかな?と思っていましたので、なかなか踏み出せずにいました。

 

後にお医者さんにお話しした際に「風邪と一緒で、ちょっと変だな?と言うときに受診してもらっていいんですよ。その方が早めに対応できますからね」と、有難い言葉を頂いて、あぁ来て良かったんだ、ここまで悩む前に来れば良かったと心底安心して、それだけでもう受診した意味があったと思いました。(後の記事でも書きますが、病院の受診にはお薬等のリスクもありますので、安易に勧めるつもりはありません)。

 

虐待してしまう、虐待してしまいそう、にはいろんな理由があると思います。私のように、明確な原因が判明した方が稀で、原因がわかったって解決するものでもないし、だいたいは思い浮かぶ原因も無く自分を責めるだけで過ごしてしまうのではないかと思うのですが、過去がどうとか人間性がどうとか子供の性質がどうとかではなく、「いま大丈夫じゃない」って言う理由だけでSOSを発していいと思うし、それをみんなが当たり前に受け入れる世の中にしたいですよね。

 

「いまは大変でもいつかいい思い出になる」

「みんなそうやって母親になった」

「自分だけ楽しようと思うな」

「あなたの子供だけが特別じゃない」

 

そんな、他人からの些細な言葉で傷つくのはもうやめました。自分が、聞いていて気持ちの良くない言葉は聞かなくていいと思うんです。そう言うと、モンスターペアレントみたいに聞こえるかもしれないけど、とりあえず最悪モンペでもいいです。人に『良い母親』に思われることより、自分にとって我が子にとって『幸せな母親』になりたいと思っています。

 

いまでも覚えています。病院で受ける健診の際に、保育士さんが子供たちの面倒を見ながら待たせてもらうんですけど、息子は本当に自由で、病院内でも全部見てまわりたいのです。でも、ダメですよね。病院で放置するわけにはいきません。だから、怒ったり宥めたりするんです。それを、

 

「そんなに怒るから言うこときかないのよ」(病院ですが?)

「私が見てきた子供たちはみんなお利口さんで」(ふぁっ?)

「落ち着いた声で注意したらいいの」(いま無視されてますよ)

「まだ間に合うから!」(どう言う意味ですか?)

 

あのときははじめての育児で、こんな言葉に傷ついて帰ってきたんです。やっぱり私の育て方が悪いんだ。 息子は行きたくもない病院に拘束されてご立腹だし、私は自分がダメな母親だと言われたようで、もうぐちゃぐちゃな想いで帰宅したのを覚えています。でもねーーー、いまなら言える。

 

はぁぁぁぁ???

何言っちゃってるの?

世の中の子供全員育てたのかよ!

 

あのですね、もうモンペで良いから言いますけどね。うちの息子、すごく頭がいいんです。1歳でね、家のどの場所に何があるか全部把握してるような子だったんです。で、歩くのもむちゃくちゃ早くてですね、生まれたての本能のまま、どこまででも行っちゃうんですよ。タンスの引き出しを自分で階段にしてね、上に登って遊んでる子だったんですよ。

 

誤解を恐れずに言うと、多動とか発達障害を疑っていましたよ。つい最近まで。もしそうなら、できるだけ早めに療育を受けさせてあげたいと思っていたし。彼の衝動が、自分ではコントロールできないものなのか、月齢によるものなのか、一緒に悩みながら育児してくれてる幼稚園の先生でさえ「根気強く見守ってみましょう」って決めつけないのに、初対面で数分の人に息子の何がわかるって言うんだ。

 

「高い声だと遊んでると思っちゃうから、低い声で怒る」そんなのもマニュアル通りに聞いてくれる子供ばっかりじゃないっつーーーーーの。妹が生まれて、あぁやっぱり息子はすごく育てにくいタイプの子だったんだなと思います。やりたいことが明確すぎるんですね。でも、思い描くものを再現できる実力がない。ドアを開けたいけど力が足りない。こう言う工作がしたいけどこの形にできない。自分でやりたいから親が何をやっても無駄なんです。

 

もう、彼が納得するのを待つしかなかった。でも、それがわからないからとにかくノイローゼになるまでいろんなことを考えたり試したり悩んだりしてました。いまでも息子は癇癪を起します。でも、『どうやったら自分の力や知恵で乗り越えられるか』が好きな子だとわかったので、ヒントだけ与えて放置と言う育児スタイルになりました。お世話、いらなかったんですね。

 

いろんな人に「あれをやれ」「これをやれ」って言われましたけど、やらなくて良かったことをいっぱいやってしまった気がします。アドバイスをもらう人って、やっぱりすごく重要だと思うんです。特に、無料で話を聞いてくれる相手には注意が必要だなと思う今日この頃です。

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