「子供と離れたい」は罪なのか

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育児が辛く感じていたときに、戦っていた感情があります。それは、「子供と離れたいなんて母親失格なんだろうか?」ってこと。

 

息子は2歳すぎまで家庭保育でした。妊娠を機に会社から「だいたいみんな普通は辞めていくんだよね~」と言う退職勧告を受け、辞めることになり、そのときは復職は考えずに専業主婦になりました。それまでは、日夜問わず働くハードな環境だったので、のんびりした生活を楽しみたいと思っていました。毎日お料理をいっぱい手作りしたり~、子供とケーキを作ったり~、お散歩したり~、なんて夢見ていました。現実は、そんな夢みたいな暮らしではありませんでした。(笑)

 

私は、いわゆる一般的な『3歳までは家庭保育』がスタンダードなんだと信じていました。私自身は保育園でしたけど、小学校に入ってから「みんなは幼稚園、保育園の出身は少数」と感じました。夫も、こだわりはないけど、家で母親が育てて3年保育の幼稚園って言うもんなんじゃない?と意見が一致しました。多分、この何気ない決定が、自ら他の選択肢の幅を狭めてしまったんだと思います。

 

そしてはじまった専業育児。息子は夜泣きが酷かった。泣かせないためには、べったり添い寝して朝まで過ごさないとダメでした。途中で私がいないことに気がつけばすぐに起きて泣いて別の部屋まで追いかけてきます。夜20時から朝まで、トイレに起きるときも一瞬で済ませ、彼の方を向いて抱きしめてあげる形でないと眠らない。そしてアトピーのため入眠の際には酷く痒くなるので、再び寝かせるのが大変でした。

 

日中は家庭保育。2人きり。児童館ではお友達と一緒に体操なんかできない。気に入らなければ帰ると暴れる。公園に行っても、公園の外側に行きたい、自由に歩かせろ、手なんか繋がない、何でも触りたい、人様の家でもお構いなしに入ろうとする、お友達のものを取る、「どうぞ」なんてできるわけがない。もちろんお店にも滞在できない。電車でも自由に動きたいから暴れる。止まったベビーカーから抜け出す。家もすべての引き出しの取っ手を外しました。手に届くものはすべてばらまくからです。

 

誰かに会ったり、一緒に遊ばせたり、目的地に出かけたりするのは、人や場所に合わせられないから全て不可能。夜は添い寝で電話もメールもゆっくりできない。唯一の私の息抜きは、ベビーカーに彼を乗せ、早歩きで散歩することでした。これもだいたいは息子に暴れられて、絶望的な思いをして泣きながら帰ることも多かった。楽しいことを考えて実行してもほとんど失敗して後悔。「これが家庭保育なんだ……」息子といることが辛くて辛くて堪らなかった。

 

「離れたい」

「5分でいいから離れて過ごしたい」

「ママって呼ばないで」

「近づいてこないで」

 

そんな風に思っては、慕ってくる息子に恐怖さえ抱き、

 

「こんなことを思うなんて最悪な母親だ」

「守ってあげられるのは私だけなのに」

「覚悟して産んだはずじゃないの?」

「私は母性がない欠陥品なんだ」

 

と、息子への罪悪感や、自己嫌悪から息子を抱きしめ、二人で号泣する日々でした。夫は育児に協力的ですが、2歳前後特有の『パパNGな時期』だったこともあってフォローしてもらうのが難しくて、それも、「母親の私だけが責められている」ような気持ちにさせました。当時、虐待のニュースを見ては、母親を責める気持ちどころか、すごく気持ちがわかるような気がしました。「私はそうならない」なんて自信は全くありませんでした。仲間が一人、戻れないところまで行ってしまった。次は私の番かもしれない。

 

虐待する親にもいろんなタイプがあると思いますが、やっぱり他の人から見れば子供を100%愛せてない時点できっと似たようなものと解釈されてしまうのだろうな、と思います。ただ、もう今はそれでいいんです。だってそんなの理解できない方が親も子も幸せですものね。理解してもらえる方とはぜひ気持ちを共有しながら、次の世代で子育てをする後輩ママさんたちが少しでも楽しく育児できる環境を作るべく、一緒に想いを繋いでいけたらいいなと思います。

 

結論から言うと、私と息子にとって保育園は救いの場になります。二人の関係がこんなに辛くなる前に、育児のプロに任せる、可能な限り手放す、と言う選択をしなかった自分こそが愚かだったと思いました。理想のママになりたかった。息をするように自然に、いつも笑って、育児できるママに。私は母子家庭で鍵っ子だったから特に、家に帰るとママと手作りおやつが待ってる、みたいな家庭に憧れていたんです。だから、がんばった。でも、できなかった。自分の個性も息子の特性も何も考えないで、ただ憧れのママになりたいと言う的外れな努力をしてしまった。

 

子供を産んだからって、突然、違う人間にはなれません。母親になるって、そんなに特別なことじゃなくていいんだと思いました。いまは子供に汚い言葉づかいもするし、毒々しい色のお菓子も食べさせるし、面倒くさいときは歯磨きも忘れたふりをするし、それでも、あの苦しい日々よりも自然に『母親と言う業務』をこなしていると思います。そして、『母親』は私の全てではなくて、単なるパーツのひとつ。それも、一生続くものじゃない。私は私の人生がいちばん大事。

 

だから、子供から離れたくなったら離れる!やっぱりそれしか方法はなかったと思います。だって、離れたいんだから。離れたいのに、離れたいなんて思っちゃだめ、とか無理でしょう。そして、離れたいって思ってもいいんだ!離れてもいいんだ!って思ったらちょっと違う明日が待っていた。何かを毎日maxで好きでいるなんて難しいですよね。毎日一緒にいたら、ちょっと疎ましいと思ったり、離れたいと思ったり、ネガティブな感情になる日だってありますよ。

 

人間だもの!!!!!