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母と娘

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このブログを書きはじめて1カ月が経ち、みなさまからの様々なお話を聞くことができるようになりました。そこでひとつわかったこと。

 

それは、毒になる親と明言できない程度であっても、母親とうまくいっていないと感じている女性がものすごく多い!と言うことです。嫁と姑の確執は世間でも自分が参加するコミュニティーでも実際に耳にすることが多いのですが、実母と娘の確執は話題にしにくいことなのかもしれません。

 

「子供を愛しているのが当然」で、「子供を疎ましく思う母親は認められない」のと同じように、「母親とうまくいっているのが当然」で、「母親を疎ましく思う娘は認められない」と言う暗黙の了解があるのかな?と感じました。それは一体なんでなんだろう?

 

昔なにかで読んだことがあるフレーズに、『娘を支配したければ罪悪感を植えつけろ』と言うものがありました。暴力やあからさまな支配よりも、娘が自ら自分の人生を差し出す方法が有効だと言うものです。「お母さんのためにがんばろう!」「お母さんのために我慢しよう!」「お母さんの役に立ってあげよう!」「お母さんの言う通りに行動してあげよう!」このように、あたかも自発的にそれを選ぶように仕向けるのです。

 

私は、ビンゴです。

 

だから母は今でも、私になにか悪影響になることをしたとは思ってないし、一生懸命愛して必死に育ててあげたのに、なぜ憎まれているのか理解できないのだと思います。うちの場合は、「あなたを産んだことは後悔していないけど、そのせいで失った夢や人生がある」みたいな言葉でしょうか。繰り返し繰り返し呪文のように唱えられるその言霊は、自分の成長とともに、「私のせいでお母さんの人生を不幸にさせてしまった」と解釈を変えていきます。

 

そして、母を幸せにできるのは自分だけだ!と、自分らしい人生よりも母親が望む娘の人生を選ぼうとしていく。それが酷ければ、母親がなりたかった職業や人生そのものを実現させてあげようとする娘と、母親はそれが当然になって自分の支配から離れようとする娘を許さず同化しようとしていく。

 

私は、これまで、虐待の連鎖も母親の支配も、『我が家が少し特殊な事情だから』と思ってきたんです。大変自慢じゃなくてね。でも、大なり小なり、もしかしたらかなりの多くの方に共通して当てはまる日本の母娘事情なんじゃないか?と思うようになりました。

 

嫁と姑は他人だからこそ、あからさまに態度や言葉に出ることが多いようです。私は、その根底には「嫁世代はずるい」と感じる年配女性からの想いが大きいように感じます。「私の時代にはベビーカーなんかなかった」や「私の時代は夫が家事や育児を手伝うことはなかった」だから、「同じ苦労をしてもらいたい!!!!!」。だって、自分だけが損な人生を生きたことになってしまうから。

 

日本の育児の窮屈さには、いくつもの壁がありますが、その根底にはいつも「母親は苦しい思いをしなければいけない」と言うものが付きまといます。

 

「無痛分娩?帝王切開?痛くないお産なんて認めない!」

無痛分娩って無痛じゃないですよ?帝王切開ってお腹を切る手術なんですけど?痛みがないと愛せないなら、あのー、じゃあ、パパは?

 

「ベビーフード?粉ミルク?楽しちゃって!」

これだけ外食産業が進んでいる日本で離乳食だけ100%手作り推奨?牛乳パックみたいに開けたらそのまま飲めるミルクは日本ではなぜ商品化されない?


社会全体がどんどん効率的になっていく中で、出産や育児だけが「これ以上は楽しちゃいけない最後の砦」と言う立ち位置で、昔ながらの育児を強いられて取り残されています。強いている人たちは、誰か?育児を楽にしたくない人たちは、誰か?「自分たちがハッピーでポジティブで素晴らしい育児を体験してきたから、継承してもらいたい」そんな風には受け取れません。

 

「私たちのように苦労して育てなさい」と言うかつての母親たちの悲鳴と、「俺たちは愛されたはずなんだ。だって母は苦労していた。それだけが自分が愛された証なんだ」と言うかつての子供たちの『母親像』への盲信。

 

もう、やめようよ。

 

もう、本当は気がついているはずだよ。

 

実母も姑も、かつて育児をしていた母親たちもみんな苦しかったんだよ。苦しいとも言えなかったんだよ。そうやって子供を育てて、この国を作ってきた。それはすごい偉業なんだよ。でも、これからの母親たちが全く同じことを続けていくことが、その偉業へのリスペクトじゃないんだよ。

 

私が、「母親になっても好きなことを続けたい」ことへの“罪悪感”を吹き飛ばしたのは、お腹に『娘』ができたから。知ってますか?娘が、私のお腹の中にいる時、世界に生み出される前、胎児の時点で娘のお腹の中にはすでに一生分の卵子が作られているらしいです。女の子は、自分自身が生まれる前から、次の赤ちゃんを産むための、『お母さんになる卵』を持って産声を上げるんです。

 

だから女は必ず産まなきゃいけないって意味じゃなくて。もし、産むなら。産める性別に生まれてきたことを、実際に子供を産むことを、心から誇りに思えるような、心から幸せだと思えるような、そんな体験にしていかなくてはいけないと思うんです。「女に生まれて損した」って思う母親ばかりが増えて、これから産みたい女性が増えるわけがありません。

 

育児、投げ出したくなる日もあります。でも、つまらないまま育児を終えたくないです。自分がやれなかった人生を娘に託したくないです。自分の子育てが終わるまでに、息子や娘がもしかしたら子供を産んだり育てたりする時代までに、「子供産んで育てるのって超超超超超おもしろいよ!」って日本に、変えたい絶対。そのために、自分が自分の人生を達成しなきゃ。

 

育児を楽しくするプロジェクト、みなさんも、おひとついかがでしょうか。

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